世界の外国為替市場
東京市場の流れ
日本では1984年、為替取引のいわゆる実需原則が撤廃され、実際に貿易などを行わなくても為替の売り買いができるようになりました。これをきっかけに東京外国為替市場(以下、東京市場)は、ロンドン・ニューヨーク市場と並ぶ世界の三大市場のひとつになりました。
実需原則の撤廃以降、海外との取引に慣れていた商社などがディーリング業務を充実させたり、機関投資家などが外貨建て資産への投資を活発化することによって為替取引が拡大しました。
一方、こうした商社や機関投資家などの活動は、日本の為替公認銀行ばかりでなく東京に在籍する外資系銀行のディーリング業務も活発化させました。こうして東京市場は80年代後半には、世界の三大市場のひとつに成長しました。
しかし、バブル経済に崩壊の兆しがあった90年頃から、為替取引に変化が見られるようになりました。日本の株価の右肩上がりの状況にかげりが見えると、生命保険会社などの機関投資家は、それまで保有株の含み益という保険を背景に行ってきた外債投資を控えるようになったのです。
こうした機関投資家などの海外投資の減少は、市場全体の前向きな為替取引を減少させ、この傾向は90年代中ごろまで続きました。結果、90年代前半には東京市場を為替業務の拠点としていた外資系銀行が拠点をシンガポールなどに移すところも現れ、東京市場の危機説がささやかれました。
そういう動きを避けようと、東京市場でも96年に「市場取引の時間制限」が撤廃され、それまであった昼時間や午後3時半のクローズという決まりもなくなったのです。
これにより市場は時間については欧米並みとなりました。その後、95年にドルが下落してから日本の混迷する株式市場や低金利の影響から、個人や機関投資家が再び、海外投資に目を向け始めています。